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竜の眠る地

DQ主達の記録

勇者に絡む楔を嘆いて



「え? どう言う事!?」
 ダーハルーネの町に戻ったロウ達は、宿屋に寝ている彼の姿がないことに驚く。
そして宿屋の主人からの言伝を貰い、アリスが待つコンテナへと足を早める。
「ムウレアの女王ちゃんが一体どう言うことかしら?」
 伝言は『ムウレアにて待つ。船で来られたし』である。
ベロニカ達は既に合流して向かっているとのこと、確かにケトスの移動は船より遥かに速いのでこちらが遅くなったのは致し方無いが、意識外からの乱入に考えが追いついていないのだ。

「兎に角向かいましょう」
 マルティナは行ってみないことにはどうにもならないと、焦る気持ちを落ち着かせて来た道を戻る。
それに頷きロウとシルビアも続く。

 ムウレアに行くには海の中を行かなければならない。
何度目かわからないが、船が包まれた泡の中でフワフワと人魚により誘導される姿は何とも言えない摩訶不思議な光景である。
『お待ちしていました』と人魚が出迎え女王の元へ連れて行かれる。
謁見の間に登るとそこには神の民に情報収集に行ったベロニカ達とグレイグがいたが、イレの姿はない。
「イレは?」
「…魚になって下で寝ている。その方が負担が少ないらしい」
 神妙な顔つきでカミュが理解できる現状を伝える。
「どう言うこと?」
 そんなに深刻なことになっているのだろうか。
眉を顰めてロウの方を見る。
どう言うことかロウにも分からないのだろう。
同じく眉を顰めて首を横に振る。
「イレ様は勇者の力を失った為にそれまで押さえ込まれていた反動が一気に戻って来たようなのです」
 セーニャによる曖昧な返答。
一体何を押さえ込まれていたと言うのだろう。
「帰った直後ぐらいか。急に町の人達が騒ぎ出して、何事かと飛び出したら魚人族がいたんだ。ダーハルーネの人は初めて見たらしく魔物と勘違いしていた」
 カミュの説明に納得する。
確かに特異な事がない限り、出会う事が無い種族であろう。
一つは海底と陸で住み分けされているし、もう一つナギムナー村での悲劇の一端もあることから、極力避けている節もある。

「落ち着かせて、確認したら其奴らはイレを探していたらしく、見つけざまにここに連れてこられたと言うわけ」
 ベロニカがよく分からないけどと、ここまで来た経緯を説明してくれた。
しかし、女王様からはまだ何も聞いていない。
一同の視線が玉座に座るムウレアの王女の方へと向かう。
「私も全てを知っているわけではありません」
 視線を浴びた女王は静かに首を横に振り、悲しそうな表情をする。
「何か思う事があって、イレを導いてくれたんじゃろ?」
 ロウの言葉に首を縦に振る。
「彼は胸に大きな傷を負っています。いえ、胸に傷を負う記憶があると言う方が正しいでしょう」
 女王が言うには記憶というものは厄介なもので、本来受けていないはずなのに幻覚などで、自らを傷つけてしまう。
彼はさらに現実で起こった痛みの記憶があり、幻覚より厄介なものとなる。
幸いその傷は完治した後である為に治療に適した魚の形で眠っていて貰うとのこと。いつ目覚めるかは定かではない。
「なぜ、そのように断言できるのかと疑問に思うことでしょう。ただ私が言えるのは、歪んだ時は何れ自己修復をするという事です」
 これは幾年も積み重ねた時の歪みの修正。
時が短い人間には気づく事が難しい長い長い時間をかけた修復。

「イレの胸元の傷か。どう考えてもあの時だよな」
 女王に通された客室で一同は集まり、思い出すは経験した事がない絶望への入り口。
勇者の力を手に入れた魔王ウルノーガにより、大樹が朽ちて落ちた災厄の日。
勇者の力を奪うためにウルノーガに貫かれた胸の負傷、それが今再び起きたという事だろうか。
「待って、勇者の力は失った事以外。共通点がないわ」
 マルティナの言葉に皆が一様に惑いが多く、一度共通の認識を持つために、集めた情報を整理するために意見を出し合った。


「つまり、お主達はイレの力なくして、見たのか?」
 想像以上の出来事に目を丸くするロウ。
徐々に蘇ると憶測で考えていた【未来】の記憶が唐突に蘇ると言うのだ。
「映像を見たと言うより、その時のことを思い出したって感じだ」
 唐突すぎてよく分からなかったカミュは改めて確認されて天を仰ぎ、あの時の状況を思い描く。
あれは無くしていた記憶がハンマーに殴られたようにガツンと戻るという感じである。
前後の繋がりが曖昧でその部分だけが鮮明に思い出すという感じである。
「何がきっかけじゃ?」
「読んだ本について考えている時だったわ」
 憶測で確証がない考えも交えてロウに相談する。
元々人の記憶というものは曖昧で確認する人がいない場合ボロボロと欠落して行く。
残るものも正確な情報ではなく不確かな感情。
楽しかった、苦しかった、嬉しかった、辛かった。
思い出は美化され心に留まる。

「成る程ねー。だからベロニカちゃんの考えでは、時折見える体験してないのに蘇る記憶は時の化身ちゃんに知らず識らず触れているってことなのね」
 成る程、時を巡るとそこに溜められていた記憶が散らばる。
そして化身となり、世界を彷徨う。
それに触れることでその記憶が蘇ると言うことである。
「でも、ベロニカちゃん。時の化身ちゃんってイレちゃんが時を巡る前からずっといるのよね?」
 シルビアは顎に人差し指を当てて、こんがらがる現状を何とか整理しようと唸る。
「つまり、イレちゃん以外にも時を巡っている人がいるってこと?」
 考えうるはセニカ。
最古の昔へと時渡をし、そして歴史を変えた。と考えられる。
「何度も歴史は修正されていたと言うのでしょうか?」
 誰もが知らぬ間に世界は何度も巡っていたと言うのだろうか。
セーニャの言葉にベロニカは首を横に降る。
「あたしもそうだって思いたいわ。でもね。ローシュの死は変わっていなかったのよ」
 神の民の話に違いはない。
これが正史、変えられていない。
それともムウレアの女王が言う歪んだ時が修復された結果だとでも言うのだろうか。
「セニカちゃんは戻ったけれども、歴史を修正できなかったってことかしら」
 イレのように変える起点の時に巡れず、ローシュを助ける事ができなかったと言うのだろうか。
「だったら、ローシュと成就してないのは、巡ってもできなかったってことよね。それは辛すぎるわ」
 マルティナはキュッと自身の腕を抱き締める。
悲しみを覆すことできず、再び失う命。

「収集される時があるじゃろ。そう忘却の塔に登る時の化身じゃ」
 忘却と言う名の塔。
その塔は何故そう言われているのか。
陸の孤島にある塔は人知れずそこに立っているからか、いや、こうも考えられる。
「…セニカはあの時、時の化身によって時の番人にされていたわ。あたしの推測が正しかった場合。考えたくないけど、既に彼女の時間は失われているの。言うなれば彼女自身が記憶の媒体、勇者の力で過去に行けたとしても彼女自身じゃないのよ」

 時を失くしたものが集う場所。
それが忘却の塔。

「そうじゃ、例え孫が時間を遡ってここにおるとしてもそれは、そうあるべきことじゃったということになる」
「ロウ様もしかしてロミアのことですか?」
「姫様、そのロミアとは?」
「あぁ、そうね。グレイグは知らないわね」
 モンスターに襲われているところを助けた人魚。
彼女を身を呈して守っていた男、キナイ。
しかしそのキナイと言う男はロミアが愛した男ではない。
血の繋がりもない。
「私にはもう一つ記憶があるの。ロミアが泡となって消えた記憶よ」
 マルティナの記憶には、彼女に嘘をついてその場を立ち去った記憶ともう一つ、正直に言って絶望したロミアが泡となって消えていく記憶。
「それもその一つじゃろう。それが女王の言う修正された時じゃ」
 ロウの肯定により、マルティナ以外にも同じような記憶があることが確認できた。
「ちょっと待って、じゃあイレちゃんはアタシ達が思っているより前に戻っていることになるわよ」
 あらやだと想像以上に過酷な状況に口を抑える。
「本人に聞かんとそこは分からんが、恐らく自分が過去に戻ったと自覚したのがあの時じゃったのかもしれんな」
 聖地ラムダで、知らない間にふらりと出て行ったあの時、魔王の剣を手にした瞬間から、大きな物事を回避するため、自らの意志により違う選択肢を、皆が多く生き残る道を選んだのだ。
「勇者の力ってのは本当に厄介だぜ。でも大体は整理できた。俺らが次に何をしなけりゃいけないかもな」
 パチンと拳で逆の掌を叩き、全て理解したと立ち上がる。
「アイツばかりにいいカッコはさせねーよ」
「セニカ様が救われる方法を探しましょう。必ずあるはずだわ」
 カミュにマルティナも同意する。
目的が決まれば、あとはそれに向かって走ればいい。
「そうよね。世界中が笑顔になっても、身近な人が悲しむ何てことになってたら本末転倒よ。全員が笑わないとね」
 世の中そんな絵本のお伽話のようにめでたしめでたしで終われないことは分かってはいる。
しかし、それではイレがセニカを救いたいと願ったことが無駄だったということになる。
それを知ったイレがそのまま諦めるとは思えない。
「全く勇者の導き手も楽じゃないわね」
「まあお姉様ったら、とても生き生きされてますね。私も頑張りますわ」
 ここまで来たのだ。
勇者が満足するまで付き合ってやると気合いを入れる。
情報はゼロじゃない。
これまでのことを鑑みれば自ずと見つかる。
ベロニカもセーニャもそう確信した。
「俺は勇者の盾であり続けると誓った。邪神がいない今でもそれが必要であるなら貫くまでだ」
 新たに心が一つとなった皆に涙を浮かべてニッコリと微笑むロウ。
「イレよ。ワシらは幸せじゃな」


未来へと導く勇気。

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