番外1-1:ローレシアの城 前編
「イヤなんだぞ!」
「これ、わがまま言うでない!」
世界を救いしローレシアの王子は俊敏な動きで、王族特有の冠を拒否して、逃げ惑う。
それを追いかけるようにローレシア王が継承するための冠を手に持ち、右往左往する。
側から見ると何とも幼稚な攻防がなされていた。
「まだ、やっているのね」
「これは終わりそうにないねー」
久しぶりの訪問だと言うのに兵士に案内されたこの謁見の間で、ローレシアの親子がやっていることがそれだ。
この城、ローレシアの未来が心配になる。
見兼ねた大臣が態とらしい咳払いで訪問者の存在を気付かせるまで、その鬼ごっこは続いていた。
気持ちはわからないわけでもない。もっと自由に生きて行きたいローレにとって、王座というものは、まだ要らないものである。
第一王位継承者である自覚もあるので、ゆくゆくは継いでくれるかも知れないが、先の闘いで無駄に覚えてしまった自由な旅路を彼は欲しているのだ。
「あー、恥ずかしいところを見せたな。サマルトリアの王子、及びムーンブルクの王女や。我がローレシアへ良くぞ参られた」
呼吸を整え、玉座に座り直した王は、気まづさを感じて取り繕うように、やや視線を外し、少し上ずった声で定例文を言う。
「おぉー。久し振りだな!」
嬉しそうに駆け寄るローレに、王は『コレッ!』と声を上げてから、大きな溜息を吐く。全く自由に育て過ぎたかもしれない。
「この度はお招きいただき有難うございます。こちらは我がサマルトリアからの僅かながらの献上の品です。お受け取りください」
「態々すまんな」
跪き、手に持っていたものを差し出し、待機している大臣がそれを受け取る。そして一歩下がる。
「ご機嫌麗しゅう存じます。この度ムーンブルクの再建にお力添えくださり、誠に感謝しております」
首を垂れて、裾を持ち跪くムーン。優雅に振る舞うそれは気品があり、知的な印象をさらに強くする。
「家族も同然の国を助けるのは道理。あの美しき城をまた見せてくれ」
「有り難きお言葉に感謝致します」
同じロト一族であり、年齢もさほど変わらないこの二人は、立派にお役目を果たしていると言うのに、我が息子はまだ幼さの方が目立つかも知れん。
『可愛い子には旅をさせよ』と言う言葉があるが、旅をさせた結果がこれである。素直で良い子ではあるのだが、何かが足りない。
こうなれば、無理矢理にでも王位を継がせ強制的に自覚させようと思ったが、現在、物凄い反発を食らってしまていると言う訳である。
致し方ないので、長旅の間共にいた二人にどうにかしてもらえないだろうかと、半ば投げ出すように、この二人を呼んだのである。
「ローレは継ぎたくないの?」
謁見の間から離れた三人は城内を歩く。サマルは三人の中心にいるローレに話しかける。歩いた先、色取り取り花が咲く廊下の横のにある小さいスペースに、腰を下ろす。
「…わからない。だけど、今じゃない気がするんだぞ」
「世界を救ったのだから、誰も反対しないわよ?」
この功績は誰もなし得ぬことである。この城に訪れれば、活気のある国の人々が皆、その若い王の誕生を待ち望んでいることがわかる。それ程、皆に愛されている人物も早々居ないだろう。
「うーん」
感覚で物事を考えてしまうローレにとって、今の状況をどう説明すればいいか、わからない。
漠然と今継ぐにはまだ早い、そう思っているのだ。
「何か引っかかる事があるのかな?」
考え込んでしまったローレの手助けをするためにサマルは質問を変え、突破口を探る。
「ハーゴンだぞ!」
ローレからこぼれ出た名前に二人は身を硬くする。
今はもう闇に葬った悪の化身。邪神と呼ばれた悪霊の神々を従えていた大神官。
最後は自身の信仰する破壊神シドーを蘇らす為に自らが生贄となった。
「そ、それがどうしたの?」
ムーンブルク城を滅ぼしたことは忘れていないだろうか、どんな正当な理由があったにせよ、国一つを滅ぼしていい理由にならない。
言葉を紡ぐ唇が震える。傷は浅くなってきたとはいえ、まだ、完全に立ち直れているわけではない。
「ローレ」
「嘘かもしれない。けどさ…ローレシアはどうやって、できたんだ?」
単純な理由だ。ローレシアが本当に教科書で習ったように先代の勇者によって、侵略せず新しい土地に国を作ったのだろうか。
ハーゴンの言葉を完全に信じるわけではないけれど、彼が闇に堕ちる原因はそれなりにあったのではないだろうか。
「………確かめよう。それが僕達の為になると思う」
全てを許すことはできないけれど、ハーゴンが闇に落ちた理由がわかれば、今後の第二第三のハーゴンを生むことを防げるかもしれない。復讐に囚われた彼の執念は恐ろしいものだった。
闇の卵に手を出し、世界を闇へと変え、そして世界を滅ぼそうとする程に落ちて逝った心の闇。なぜ、ルビスの信仰を辞めたのであろう。
「開国の祖、ローラ姫の手記の原文を探しましょう」
最も価値のある手記であるがローレはこの国の王になる程の人物。その人物が求めるものに規制は掛からないだろう、掛かると言うのならそれはこの国に信じたくないが闇があると言う事になる。
「おぉ、そんな物があるのか! 爺に聞いてみるぞ」
その存在すら知らなかったのかとサマルとムーンは見つめ合って、小さな溜息をついた。
あの決戦の時の頼りになる言動は、なぜこう言う時には発揮されないのだろうか。ハーゴンの口車で戦う気力をそぎ落とされたあの時、鼓舞に近い、あの唯一譲れない信念を思い出させてくれたローレは勇者たる所以がそこにあった。
「ローレらしいっちゃらしいよね」
サマルの思考中断にムーンも首を横に振ってから同意する。
<微かな疑問>
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