目覚めの朝は眩しくて
暗い海の底、思い出すは母親の言葉。
絶望の中で思い描く縋りたい希望。
ウラノスは何故魔王となったのだろう。
悪魔の囁きに手を染めてしまったのか…。
彼を許すことができているだろうか?
全ての行動に訳があり、その訳はそれまでの歴史の積み重ね。
邪神が滅ぶことがないように勇者もまた討伐するために生まれる。
儚き輪廻。
ぼくは良き勇者になれたでしょうか?
「う…み?」
ゆっくりと開いた眼に映る風景。
パクパクと口を動かし出た言葉はそれである。
散りゆく魚々にデジャブを感じ、ぼんやりした脳を一気に覚醒へと引き上げる。
魚の姿でこの地にいるということは、世界がどうにかなってしまっているのではないか。
嫌な感覚が襲い魚の姿で出せる最大速度で上昇、王女の住まう貝殻の形を模した玉座へ向かう。
「よっ! 漸く目覚めたな」
その玉座で出迎えたのは水色の自慢の髪を逆立てた元盗賊、現勇者の相棒であるカミュ。
彼の姿を見た瞬間混乱していた状況から打破し、少し落ち着く。
大丈夫、今はあの時じゃない。
「安心しろ、命の大樹はなんともないし、ウルノーガもニズゼルファも復活してねーよ」
イレの思考に覆いかぶさるように発せられたカミュの言葉。
どうしてそれをと言語が操りにくい口をパクパクと動かす。
その姿に気づいたのか、玉座にて傍観していたムウレアの女王が壊れずに済んだ杖をイレの方へ向ける。
「その様子だともう大丈夫ですね。魚の姿の方が可愛いけれども、今の貴方には不便でしょう」
パアッと光がイレの体を包み弾けた時、何時もの人間の姿になっていた。
一通り確認した後、カミュに方を向き、困惑の表情のまま訴える。
「待ってくれ、オレ達は順番にここでお前の目覚めを待っていたんだ。まさか三ヶ月掛かるとは誰も予想できなかったぜ」
ポリポリと頭を掻きどう説明するかと思案している。
「みんなは?」
「元気だぜ。世界は邪神の影響がまだ少し続いていてよ。シルビアのおっさんは城の領域外での魔物の対策に精を出してるぜ。なんでも世直しパレードだとよ」
あの衣装が気に入ったのか変な衣装着たナカマを募って、プチャラオ付近を練り歩いていると言う。
何故かその話を聞いて涙が出そうになった。
クレイグとマルティナも兵を出しつつ、周囲の警戒、グロッタの町と連携を取り、対策を行なっている。
グロッタ、カジノに姿を変えた町。
さらにセーニャはダーハルーネ、ベロニカはホムラの里でそれぞれ活動していると言う。
片時も離れることが無かった双賢の姉妹が、バラバラなのかと少し息を飲む。
共にずっと一緒だと思っていた二人が互いの距離を取っている。
あの時みたいに…。
「オレはマヤとクレイモラン周囲の警戒がてらそこにいたが、それが落ち着いて、先日からここに様子を見に来たってとこだ」
眠っていた間の時を埋めるように、仲間の近況を報告してくれる。
「ロウ祖父ちゃんは?」
唯一名前が出なかった最も近い身内の存在。
カミュは少し視線を外し、言いにくそうに腕を組み直し、真っ直ぐ見つめなおす。
「…お前が目覚めない原因を探ってる。いや、探ってたか、ありとあやゆるってやつだな。今はイシの村にいるぜ」
そうか、心配かけてしまったと言うことか、克服したつもりだったが、恐怖を拭い去れていなかったのかもしれない。
傷のない胸元に手を添える。
「痛むのか?」
その心配そうに覗き込まれて慌てて首を横に降る。
これはカミュの言葉を借りると罪の意識だと思う。
「そうか、なら行けるか? イシの村へ」
イレの心理には触れず、次の目的地を告げる。
イレが静かに頷くと、カンと杖をつく音が聞こえ、視線をあげるとムウレアの王女がにこやかに笑みを蓄えていた。
「ならば、皆に知らせておきましょう。イレが目覚めたと、イシの村に行くと」
「助かるぜ」
「全ては大樹の導き、よく頑張りましたね」
全てお見通しと言うように、出来なかったことや手放したこと、覆す為に一度時を巡り最後まで成し遂げたこと、それらを全て含めた激励の言葉のようにイレは感じた。
「ありがとうございます」
短く礼を言い。ルーラを唱え懐かしい故郷へと飛び立った。
「イレ! もう、ちっとも帰ってこないんだもの心配したわ。でも元気そうでよかった」
イシの村で出迎えてくれたのは、犬のルキと幼馴染のエマであった。
「おばさんも心配してたわ。顔を見せてあげて」
久しぶりの村を案内するように駆け出す。
やや、状況が飲めず目を白黒させていると、カミュが忘れていたというように、耳打ちする。
「悪りぃ、あんまり心配かけたくないから、細かい事情を説明してなくて、お前も邪神の影響が残っているモンスターの討伐に引っ張りだこってことにしてた」
漸くエマの言葉の意味を理解したので、頷く。
すでに復興が終わっている村は、昔となんら変わりないように見えた。
知ったる道を歩き、幼少から住んでいた家に足を踏み入れる。
相変わらずシチューの匂いは格別だ。
キィと扉の軋む音が木霊する。
「おや、今日は早いお帰りで…って、イレ!? 無事だったのかい! 怪我は? 痛いところはないかい?」
母ペルラには事情を説明しているらしい。
振り向きざま目を丸くし、持っていたオタマを投げ捨て、イレの全身をくまなくチェックする。
「うん。大丈夫。どこも何ともないよ」
「そうかい。なら良かった。ロウ様から事情を聞いた時は、勇者だからとは言え、心配したよ」
優しく包み込むように抱きしめられて、例え血は繋がっていなくとも、自分はペルラの息子でいいのだと安堵を覚える。
「どうしてこんなことになったのかねー」
漸く解放されて、シチューのことを思い出したペルラは手放したオタマを拾って、支度に戻る。
「………」
こうなってしまった原因を説明することは憚られた。
なぜなら、それはイレ自身の我儘で、さらに言えば失敗してしまった可能性があるからである。
三ヶ月眠りこけていた。
そこまでの時間がかかっていたにも関わらず、時の巡りが何も変わっていないのだ。つまり、セニカは勇者ローシュを救えていないのである。
となると考えられるのは、セニカが時の渦に巻き込まれてしまったと言うことだ。
時の番人になり遥か時を過ごしただけでなく、魂が輪廻から外れてしまったと考えるのが妥当である。
イレの我儘でセニカの心を…。
何とかしなくては…。
握った拳が悲鳴をあげる。
「イレ、イレ!」
ペルラの呼びかけにハッと意識を浮上させる。
何だろうと見返すと小さくため息をつき、もう一度説明してくれた。
「もうすぐ、ご飯ができるから、ロウ様を呼んで、きてくれるかい?」
実の孫が漸く起きたのだ、共に飯を食べたいだろうと言うことである。
昔から忙しくても家族揃って食卓を囲むのが流儀であった。
トレジャーハンターであった今は亡きペルラの父、テオが最終的に大切にしていた教訓である。
「そう言えば、ロウ祖父ちゃんはどこに?」
カミュ曰く、イシの村で調べ物をしていると言う。
イシの村に祖父の興味を引くようなものがあったのかと、疑問に思いつつ尋ねる。
「あぁ、あの方は大地の精霊の石碑におられるよ」
振り返らぬ勇気。
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