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竜の眠る地

DQ主達の記録

暗黒の地底から輝きて

「概ね順調よ!」
 舵を取りながら、順調な滑り出しで安堵する。外海に出てゆっくりと北上する船。
この航海は皆の心を落ち着かせるのに十分な時間であった。

「……」
 マルティナは甲板を拳で叩く。確かに今の彼は勇者で、その心も体も相応しい。
だけど、邪神を倒した後もなぜここまで心身に負荷を掛けているのか。
彼にこれ以上何を救えと言うのだろう。
「ロウ様、自分が悔しいのです。結局、見ているだけしかできていません」
 ロウのような深い知恵も絆もない。
でも、大好きだったエレノアの息子で、居場所を失ったマルティナを大事に育ててくれたロウの孫である。
「弟のように守って行きたいと思っていたのに、私は守られてばかりでした」
 あの時、離すまいと誓って、腕の中で眠る彼を強く抱きしめた。今は側にいるのにとても遠い。
必死に明るく言葉をかけると彼は目を細めて同意はしてくれるが、どこか懐かしいものを見るようなそんな反応なのだ。

「分かるわぁ。あの子始めは皆の後ろをひょこひょことついてくる感じだったのに、何時の間にか一人前に出て皆を引っ張っていく感じになっていたわね」
 アリスと舵を交代したシルビアは悔やむマルティナに同意する。
勇者だから成長せざるおえなかったのか。それとも他に何か要因があったのだろうか。
それはあまりにも急激な変化だった為に、マルティナが皆が少し置いていかれたような気持ちになってしまった。
「イレちゃんはイレちゃんのままなのにどこか歪なのよね」
 どこが何がと言えないもどかしさがある。

『…世界は救うもの。その力があるのなら諦めない』

 ウルノーガ以上の存在が露わになった時にそう言った彼はとても力強く頼もしかった。
勇者というのはこれ程までに強くなるものかと驚いたと同時に、年の離れた青年がそうせざるおえない状況に心を痛めたものだ。
「ねえ、シルビア。あなたはどこまで気付いているの?」
 真っ直ぐに見据えるマルティナは救えぬ後悔をする少女ではない。
何があっても、どんなに過酷であろうと、何度でも手を伸ばす覚悟を持っている女性である。

「こんな事、憶測で言うものじゃないって分かってるのだけど」
 その目を受け、シルビアは心に引っかかっていることを口に出した。あの子の側では言いにくかった、とある事に関してだ。
「アタシね。とっても怖い夢を見るのよ。うーん。単なる夢で片付けると少し変な気持ちになるの、考えたくないことが夢に出ちゃったとでも言えば良いのかしら」
 要領の得ない言い方。伝えることを決心したのは良いが、この抱えた気持ちをどう説明すれば伝わるかを模索しているようにも見える。
 そう、この現象を『夢』と言っていいのだろうか、この感覚は夜寝ている時に起こっているわけではないのだ。
しかし、白昼夢に近いことから敢えて『夢』と表現したに過ぎない。
語るシルビアにロウ、マルティナも静かに聞き耳を立てる。

「命の大樹に登った後、イレちゃんが持ってきてた剣が無ければ、アタシたちどうなってたのかしらね」
 あり得ない仮定。もしもは起こらない、だとしても、ほんの少しそちらに意識を向けるだけで、どこか鮮明に蘇る敵わなくて全てを失う恐怖。
「まさか、そんな…」
 マルティナは思わず額を抑え蹌踉めく。
敢えて考えないようにしていた。想像すればするほど、容易にその時の映像がはっきりと見える。
何もできずに倒れ臥す姿を思い出し、耐えきれなくなる。手を伸ばしても、どうにもならない戦況。
そんな辛い思いをイレはしていたというの。
「まさかとは思うわよ。でもそれならイレちゃんの痛み、執念に納得できちゃうのよ」
 世界を護れなかった。誰も救う事ができなかった。
罪悪感で朽ちていく心を守る為に勇者の力でとんでもないことをしてここにいるのではないか。

「のうシルビア、わしはお主が思い描く可能性を証明する鍵も古代図書館にあるのではないかと思っておる。大賢者セニカが調べておっただろう。ローシュに会う術を…」
 セニカが時の番人にならざるおえなかった経緯を鑑みるに、その調べた内容に全ての鍵が握られている。
「それにシルビアお主が感じている既視感はわしにもある」
 だからこそ、立証せねばならん。そこから、孫を救う手立てを導き出す。ロウの真剣な眼差しにシルビアは笑みを深くする。
「そこに答えがあるのなら、イレちゃんの為にも逃げるわけには行かないわよね」
 マルティナに陽気なウインクする。手がかりがないわけじゃない、希望がないわけじゃない。
それを見たマルティナも笑みを見せてくれた。
「そうね」
 笑い合った後、シルビアは胸に手を当て誓う。彼には何度も救われた。
掲げた騎士道に自信がなくなった時に、彼は尊敬していると言ってくれたのだ。
『シルビアのお陰で、皆を笑顔にすることの大切さを知ったんだ』
 絶望の中でもパレードで笑顔にする事ができるシルビアの強さが理想だと。そうして、パパに会う勇気をもらったのだ。
「………まただわ」
 現実に起こっていないだけれども心に深く刻まれている記憶。これはいつの感覚だろう。
絶望の中の希望。あの子はいつでも太陽であった。


地の底からの希望

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