混乱の中で読み解いて
思ったより時間を食ってしまったが、ロウ達は無事に古代図書館に着いた。セニカが調べていた場所のイメージを頼りに上層部へと向かう。
一度解いた仕掛けはリセットされており再び登るには苦労した。
幸いここのモンスターは邪神の影響を受けておらず一人でも対応できる強さであった。
「これで予想がある程度、補えたのう」
一冊のボロボロの本を閉じ、やはりそうかと呟いたロウ。
「本の世界とは違う。恐らく現実の世界の時を渡ると言うものじゃろう」
「……ロウ様。と言うことは、イレが勇者の力をセニカに渡し、勇者の剣で砕いたあの玉は……」
「そう、時空を越えられる力じゃ」
セニカがローシュに会いたいと言っていた意味から考えて、あの時、砕いたのは時の宝珠と呼ばれる玉。
それは時を渡る力がある。即ち、あの時、無事にセニカが戻ることができたのなら、歴史は変わるはずである。
ああ、イレが言っていたセニカを救うとはそう言う意味だったのかと納得しかける。
「ちょっと待って下さい、どうしてイレはそのことを知っていたのですか?」
いや、口に出しつつも予想できた。船でシルビアが懸念していたことが現実味を帯びてきた。
「考えたくないけれど、イレちゃんもそれを実践したってことでしょうね」
思わず口を抑えてしまう。セニカが手にしていた本を探しながらも思考がグルグルする。
「何故そんな事を……」
「セニカちゃんはローシュちゃんの為だったわね」
邪神討伐の直前に殺されたローシュと再び会うために、ローシュの蘇る術を知る為に、セニカはここを訪れた。そこで見つけた一冊の本。
「それがこの『禁じられしチカラ』」
暫く、パラリと捲る音だけが木霊する。大方ロウの予想通りのことであった。
『禁じられし聖なる光の力。時の宝珠砕き戻ることは、世界の秩序、乱しえる』
聖なる力は勇者の力。読み進めて行くとその行為がいかに危険であるかが分かる。
一つ、予想と違ったのは宝珠の役割である。時を貯める貯蔵庫の役割を担う。その時を貯める宝珠を砕く事で貯めていた時間が虚無へと還る。よって、その時間は無くなり過去へと戻る。
「消え去る時か。もし、イレが実践していたとしたら、貯めていた時を砕き無きものにした事でここに戻って来たと言うことじゃろう」
古くボロボロで擦り切れており、多くを読み取ることができない。擦り切れた文字は何が書かれていたのか前後で推測するしかない。それもそうだろうセニカの時代から遥かに年月を経てここにいる。
「これだけの数じゃと管理も大変じゃな。残っていたのが奇跡か」
一度上を向いて落ちた視力を回復さす。
「ロウ様これは関係ありますか?」
ロウが読み解いている間、マルティナとシルビアは他に関連するものがないかと膨大な本棚を漁っていた。そして見つけたのが、古代の文明と書かれた本である。
これも先程の本と同じで、所々擦り切れた一部にセニカがいた塔のことが書かれている。
『古の時代、時の民集いし忘却の塔は遥かなる時を失われし化身、文明築く』
「セニカちゃんの時代から古代だったの!?」
思い出すは神秘的な塔の内部、まるで時に置き去りにされたように磨耗することなく動き続けている機械。サラサラと流れ落ちる砂、噛み合い動く歯車は今尚、時を紡ぎ続けている。
「恐らくは精霊の力じゃろう。そう時を司るものもおったのじゃろう」
見つけたもう一つの書物。
『本書の筋は目に見えぬ世界。この世のありとあらゆる物に宿り、微かな道を示す精霊たちの事だ。例えばそう、時の化身もその一つである』
ありとあやゆるものに宿る精霊。あの忘却の塔はその中で時の精霊がいたのであろう。
「……それはあの神の民の里で壁画に描かれていた時の化身? セニカを時の番人に変えた」
丸っこい体に長い手を天に伸ばしている愛らしい姿。確か勇者には世界に散らばっているその姿が見えると言う。彼は一切そう言うことを言わなかったが、時より何かをじっと見つめている時があった。大樹の映像で見たあれが時の化身なのだろう。
「他の人の意見が欲しいのう。この図書館で分かるのはこれぐらいじゃろうて」
古代文字を読み解いたが、これ以上の利益は見込めない。グレイグがいると言えども、孫をあまり放置していたくない。神の民の里に行ったチームにもいい情報が有れば良いのだが……。
少し焦る気持ちがある。意識を取り戻した孫が何かをしでかすのではないかと。
「ロウ様、大丈夫です。今イレは手の届く場所にいます」
生存すら危ぶまれた十六年間の時ではない。ちゃんと生きていてくれていた。手助けできる位置に留まってくれていたのだ。そっとロウの肩に手を置いてくれるマルティナ。
一番絶望した時に側にいてくれた孫いや娘。過去を振り返る余裕を無くす程に辛く厳しく育てた。それに答えるように生きる意志を強く食らいついてくれた事が自己の生きる意味の一つのなり、醜く歪むのを留めてくれた。
「そうね。今度はちゃんと止めなきゃね。もう十分、頑張ったって」
シルビアも何もできなかった悔いはしたくない。時折混ざる心が潰れそうな場所から這い上がってきた真っ直ぐな硬い意志を持った瞳。彼の意思は強い。けれど、こんな想いはもう沢山だ。
「良い考えじゃな」
目を細め、あるはずのない悔いに蓋をする。
「……戻りましょうか」
マルティナの言葉で皆頷く。
「………」
ロウは今一度古代図書館を見上げる。
来て良かった。孫が覚醒してからでも良いかと思ったが、あの子の行動が読めない今、先に考え導ける材料が欲しかった。やはりこの古代図書館には膨大な叡智の本がある。お陰で、随分と脳の中のモヤモヤがスッキリした。
あくまで仮説だが、ロウは一つの結論に達することができた。それを裏付けるように未体験なのにフラッシュバックする記憶をすんなり受け入れ、認めることができた。勇者の苦悩とその先を……。
そう。この過ぎる記憶は『失われた』時の化身が生み出したもの。この先の未来であり、一度経過した過去である、訪れなかった時間。
しかし、勇者である孫がこれ程までに過酷な人生を歩むとは、生きているだけで良いと思っていたが、余りにも辛すぎる。
疾うの昔に麻痺したと思っていた感情が噴き出す。ここまで長生きした罰か、若い者が死に急ぐ姿はもう見たくないと言うのに…。
『僕の勇気はロウじいちゃんから貰っているんだ』
冥府に行ってまで、倒すことを誓った執念。エレノアとアーウィンの生き様はロウの心が生き継いでいたのだ。更にロウの叡智は皆を勇気付けていたと。未来の孫は嬉しそうに語る。
イレや。
それは強さではない。生きる意味を、生き残ってしまった意味を探して、自己の心を守っている痩せ我慢に過ぎない。この老いぼれは生きる意味を見つけなければ生きて行けぬのじゃ。
過去への渇望
一度解いた仕掛けはリセットされており再び登るには苦労した。
幸いここのモンスターは邪神の影響を受けておらず一人でも対応できる強さであった。
「これで予想がある程度、補えたのう」
一冊のボロボロの本を閉じ、やはりそうかと呟いたロウ。
「本の世界とは違う。恐らく現実の世界の時を渡ると言うものじゃろう」
「……ロウ様。と言うことは、イレが勇者の力をセニカに渡し、勇者の剣で砕いたあの玉は……」
「そう、時空を越えられる力じゃ」
セニカがローシュに会いたいと言っていた意味から考えて、あの時、砕いたのは時の宝珠と呼ばれる玉。
それは時を渡る力がある。即ち、あの時、無事にセニカが戻ることができたのなら、歴史は変わるはずである。
ああ、イレが言っていたセニカを救うとはそう言う意味だったのかと納得しかける。
「ちょっと待って下さい、どうしてイレはそのことを知っていたのですか?」
いや、口に出しつつも予想できた。船でシルビアが懸念していたことが現実味を帯びてきた。
「考えたくないけれど、イレちゃんもそれを実践したってことでしょうね」
思わず口を抑えてしまう。セニカが手にしていた本を探しながらも思考がグルグルする。
「何故そんな事を……」
「セニカちゃんはローシュちゃんの為だったわね」
邪神討伐の直前に殺されたローシュと再び会うために、ローシュの蘇る術を知る為に、セニカはここを訪れた。そこで見つけた一冊の本。
「それがこの『禁じられしチカラ』」
暫く、パラリと捲る音だけが木霊する。大方ロウの予想通りのことであった。
『禁じられし聖なる光の力。時の宝珠砕き戻ることは、世界の秩序、乱しえる』
聖なる力は勇者の力。読み進めて行くとその行為がいかに危険であるかが分かる。
一つ、予想と違ったのは宝珠の役割である。時を貯める貯蔵庫の役割を担う。その時を貯める宝珠を砕く事で貯めていた時間が虚無へと還る。よって、その時間は無くなり過去へと戻る。
「消え去る時か。もし、イレが実践していたとしたら、貯めていた時を砕き無きものにした事でここに戻って来たと言うことじゃろう」
古くボロボロで擦り切れており、多くを読み取ることができない。擦り切れた文字は何が書かれていたのか前後で推測するしかない。それもそうだろうセニカの時代から遥かに年月を経てここにいる。
「これだけの数じゃと管理も大変じゃな。残っていたのが奇跡か」
一度上を向いて落ちた視力を回復さす。
「ロウ様これは関係ありますか?」
ロウが読み解いている間、マルティナとシルビアは他に関連するものがないかと膨大な本棚を漁っていた。そして見つけたのが、古代の文明と書かれた本である。
これも先程の本と同じで、所々擦り切れた一部にセニカがいた塔のことが書かれている。
『古の時代、時の民集いし忘却の塔は遥かなる時を失われし化身、文明築く』
「セニカちゃんの時代から古代だったの!?」
思い出すは神秘的な塔の内部、まるで時に置き去りにされたように磨耗することなく動き続けている機械。サラサラと流れ落ちる砂、噛み合い動く歯車は今尚、時を紡ぎ続けている。
「恐らくは精霊の力じゃろう。そう時を司るものもおったのじゃろう」
見つけたもう一つの書物。
『本書の筋は目に見えぬ世界。この世のありとあらゆる物に宿り、微かな道を示す精霊たちの事だ。例えばそう、時の化身もその一つである』
ありとあやゆるものに宿る精霊。あの忘却の塔はその中で時の精霊がいたのであろう。
「……それはあの神の民の里で壁画に描かれていた時の化身? セニカを時の番人に変えた」
丸っこい体に長い手を天に伸ばしている愛らしい姿。確か勇者には世界に散らばっているその姿が見えると言う。彼は一切そう言うことを言わなかったが、時より何かをじっと見つめている時があった。大樹の映像で見たあれが時の化身なのだろう。
「他の人の意見が欲しいのう。この図書館で分かるのはこれぐらいじゃろうて」
古代文字を読み解いたが、これ以上の利益は見込めない。グレイグがいると言えども、孫をあまり放置していたくない。神の民の里に行ったチームにもいい情報が有れば良いのだが……。
少し焦る気持ちがある。意識を取り戻した孫が何かをしでかすのではないかと。
「ロウ様、大丈夫です。今イレは手の届く場所にいます」
生存すら危ぶまれた十六年間の時ではない。ちゃんと生きていてくれていた。手助けできる位置に留まってくれていたのだ。そっとロウの肩に手を置いてくれるマルティナ。
一番絶望した時に側にいてくれた孫いや娘。過去を振り返る余裕を無くす程に辛く厳しく育てた。それに答えるように生きる意志を強く食らいついてくれた事が自己の生きる意味の一つのなり、醜く歪むのを留めてくれた。
「そうね。今度はちゃんと止めなきゃね。もう十分、頑張ったって」
シルビアも何もできなかった悔いはしたくない。時折混ざる心が潰れそうな場所から這い上がってきた真っ直ぐな硬い意志を持った瞳。彼の意思は強い。けれど、こんな想いはもう沢山だ。
「良い考えじゃな」
目を細め、あるはずのない悔いに蓋をする。
「……戻りましょうか」
マルティナの言葉で皆頷く。
「………」
ロウは今一度古代図書館を見上げる。
来て良かった。孫が覚醒してからでも良いかと思ったが、あの子の行動が読めない今、先に考え導ける材料が欲しかった。やはりこの古代図書館には膨大な叡智の本がある。お陰で、随分と脳の中のモヤモヤがスッキリした。
あくまで仮説だが、ロウは一つの結論に達することができた。それを裏付けるように未体験なのにフラッシュバックする記憶をすんなり受け入れ、認めることができた。勇者の苦悩とその先を……。
そう。この過ぎる記憶は『失われた』時の化身が生み出したもの。この先の未来であり、一度経過した過去である、訪れなかった時間。
しかし、勇者である孫がこれ程までに過酷な人生を歩むとは、生きているだけで良いと思っていたが、余りにも辛すぎる。
疾うの昔に麻痺したと思っていた感情が噴き出す。ここまで長生きした罰か、若い者が死に急ぐ姿はもう見たくないと言うのに…。
『僕の勇気はロウじいちゃんから貰っているんだ』
冥府に行ってまで、倒すことを誓った執念。エレノアとアーウィンの生き様はロウの心が生き継いでいたのだ。更にロウの叡智は皆を勇気付けていたと。未来の孫は嬉しそうに語る。
イレや。
それは強さではない。生きる意味を、生き残ってしまった意味を探して、自己の心を守っている痩せ我慢に過ぎない。この老いぼれは生きる意味を見つけなければ生きて行けぬのじゃ。
過去への渇望
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