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竜の眠る地

DQ主達の記録

勇者の叫びが木霊して

ここは忘却の塔。
勇者の力を得た元時の番人である——嘗て勇者ローシュの仲間…いや、恋人であった——セニカは『時の器』に向かい躊躇いなく、剣を振り下ろした。
その動作に合わせ、ポニーテールに括られた紫の髪が上下に揺れる。
『時の器』は愛する者と一緒に成ると言う強い意志のもと、粉々に砕かれた。
そして、その勢いのまま四方に散らばりセニカと共に光と消える。
『時の器』と言う『世界の時間』を保存するそれを砕いたのだから、この世界の時の変化は直ぐに起きると思っていた。
しかし、今回は壊れることのなかった剣をゆっくりと拾い上げる間、何も影響がなく、はたと首を傾げざるおえない。
 イレ自身は何も感じなかったが、もしかして既に変化が起き始めているのだろうか、それとも『この世界』は何も起こらないのだろうか。
だとすれば『あの世界』はどうなったと言うのだろう。
後方を振り返るも、今までの現象に心付いていけてないのか皆は黙ったまま呆然としている。

「前にもこんなことがあった気がするな」
 我に返ったようにポツリと呟く、仲間の一人であるカミュは、そう思う自身を不思議に感じて、辺りを落ち着きがないように見渡す。
イレは仲間のそう言う断片的な言葉に少なからず救われている。
失われたとしても消えていないと言う安堵である。
しかし、それは思い違いだったのだろうか。

「ローシュはどうなったのかな」
 セニカと無事に再会できたのだろうか。
世界を救えたのだろうか。
皆で救った『この世界』は、置き去りにした『あの世界』は…。
「どういう意味じゃ?」
 呆然と考えのまとまらない思考で呟く。
独り言のように発した言葉を拾ってくれた祖父は気遣わしげに側による。
この場所は通路が狭く皆が来れない。
動かないイレを気遣わしげに見ているかもしれない。
「ねぇ、ローシュはどうして亡くなった?」
 もしかして、まだ勇者であるが故に時に飲まれていないだけなのだろうかと一番歴史が変わりそうな部分を質問する。
「うむ、確か刺されて…はて何か忘れているような。亡くなった後、勇者の星となったと言われておるな。しかし、勇者の星は邪神ニズゼルファが封印されとったな」
「それを俺たちは倒したんだぞ? 何か問題があるのか?」
 カミュの疑問に首を横に降る。
そうだ焦ってはいけない。
時間はあるのだから、ゆっくり確かめて行こう。
いつもの様に心配かけないで笑って皆のもとに戻ろう。
セニカを救いたかったのはイレ自身の強い意思でそれが叶ったはずだから。
「どうした?」
 怪訝そうな声。どうしたのだろう。あ、あれ、カミュを見ているはずなのに視点が合わない。
祖父の方を見てもこんなに近くにいるのに…段々白く…。
 足でしっかり立っていられなくなった。
フラつく体。セニカに勇者の力を分けるのって結構無茶だったのかな。
なんか胸が物凄く痛いや。
 ああ、皆が叫ぶ声が遠くの方で聞こえる。


 時の泡沫。現と夢の合間。
皆が佇むそこに足りない人影、僕とベロニカがいない世界。
セーニャの髪が短く首元が寒そうに感じる。

 一度、平和になった世界。
一度ウルノーガに破壊されたそれは、悲壮の中でも強く生きるための心を、皆で支え合う絆が生まれていた。
明るい空の下、傷付きながらも訪れた平和をより一層、噛み締めていた。
生きている幸せ、犠牲の中で生きて行く決意。

(デルカダール王が僕にやって欲しいことが沢山あるって言ってたな)
 イシの村が最後の砦と言う希望の場所になった。
村の皆の強い意志がデルカダールの国を支えてくれていたんだ。
今なら祖父ちゃんの言う『人を恨んじゃいけない』理由が分かる気がする。
母さんにもエマにも何も言わずに来てしまったな。

(シルビアのお父さんがダンスを極めるって、言った時、シルビアすごく嬉しそうだった)
 シルビアの夢は一端の勇者なんか目じゃないくらい、とてつもなく大きかった。
あの絶望で皆を笑顔にできるパレードの一行を作り上げられるのは、並の精神じゃないと思う。
もう、二度と見れない絆がそこにあった。
消えたけれど別の絆が生まれたから大丈夫だと思いたい。

(あぁ、ロウお祖父ちゃんに悲しみを背負わせてしまったのか。あの笑顔に何度も救われたと言うのに…)
 生きているだけで良い。若い者が死に急ぐなと。
何度も何度も大切に抱きしめてくれただろう。
冥府に行ってまでも成し遂げようとする姿と決意は今でも目に焼き付いている。
諦めない心を、祖父の温もりを僕に教えてくれたと言うのに、泣き崩れる祖父を抱きとめることはできなかった。
とんだ親不孝者だ。

(マヤちゃんは元気だよね。何の柵もなくあそこまで思い詰めなくて、良くなったんだよね)
 自分の仕出かしたことの罪の重さに耐えきれなくなって、兄への思いがグチャグチャになっている彼女は見ていてとても辛かった。
でもカミュが居たから大丈夫だった。
僕も耐えきれなくなりそうだった時、カミュに救われた。
でも結局、逃げたことになるのかな。

(マルティナもグレイグも優しいよね。逆に自己を責めるぐらいに)
 デルカダールの精神なのかな。
二人とも直ぐに身を呈して僕を護ろうとしていた。
確かにちょっと頼りなかったよね。
でも甘えることを許してくれた。
勇者である前に一人の人であることを許してくれた。
あの時も我儘を聞いてくれて、ありがとう。
ごめんなさい。

(ねぇ、ベロニカ。僕はセーニャの心を救えたのかな)
 皆の想いの一番奥にある君を救いたいと言う願いの為に求めたんだ。
それだけをバネにした。
時を渡るすべを知った時、ベロニカ以外の人の命も戻って来ると歓喜した。
『あの世界』は勇者として多くのものを取り逃がしてしまった。
一度過ぎた時は後悔しても戻らない、そう思っていたから、皆に支えられて今の自分にできることを精一杯やった結果だったんだ。
そして掴み取った平和。


「時のオーブとは、失われた時の化身が遥か古より、紡ぎ続けたロトゼタシアの時の結晶」
 時の番人が教えてくれた方法はとても辛い選択になるなんて思わなかった。
勇者の力って何なのだろうと疑問に思っていた。
悪を払う光の結晶。
色々勇者だからできること、勇者にしかできないこと、沢山あったけれど、時を戻せるのは勇者の力のみとは、恐れ入ったよ。
危険もつきまとう。
時の渦に呑まれてしまうと過去に戻れず存在が消滅するらしい。

「それでも、あなたは失われた時を求めて、過去に戻る覚悟がありますか?」
「はい。僕は、勇者だからこそできると言うのなら、オーブを壊します」
 それが生まれた意味ならば、付き従おう。


 確かに今僕は過ぎ去りし時を求めてここに来た。
そして、全ては上手く行ったはずなんだ。
大樹を失い、行く道を失った人々が命を落とすことなく、ちゃんとこの地に根付いた。
大樹も一度も朽ちること無く今もそこに輝いている。

 でも、やっぱり一度過ぎた時は戻らないんだと痛感した。
繰り返して歩むは別の時間。
後悔はしない。僕の選択は間違っていない。
諦めなかった先に今がある。
同じ状況になっても同じ選択をするだろう。
より良い未来のために…。

「また会おうぜ」

 それでも、少し寂しいのはどうしてだろう。
悲しいと思ってしまうのは何故だろう。



食われた過去を渇望する代償

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