天使と創造神
「ここは…」
少年は独り言葉を漏らした。
独特の茶色を基調とした衣装、ポンチョのような外陰だが、裾がひらひらとしているため、防寒の役には立っていない。
素朴な顔立ちだが、眉はキュッとよっており、今の現状を怪訝に思っている。
どこか似ているようでそこには見たことない高原が広がっていた。
人間となり、人間とほぼ同じ生活をするようになって幾日。
旅の仲間と何とはなしに過ごしていた。
頼まれごとがあれば、手を貸して様々な冒険をしたが、終盤になると地図潜りも飽きてきて、気づいたらリッカの宿屋でぼぉっと過ごしていることが多くなっていた。
それでも、生活していくにはお金がかかるので、久しぶりに仲間に声をかけて、地図に潜ったところまでは覚えている。
この地図は長い道のりで、結構地下奥まであったしモンスターもそこそこ強かった。
その最下層で、いつもと違う風景があり、気が付いたらここにいた。
「あの時の声は一体…」
その言われた言葉を思い出そうとするも、意味を理解できなかったからか、至極曖昧である。
それはさて置き。
もう一度辺りを見渡す、やはり、知らない場所。
しかも、人っ子一人おらず、仲間とも逸れたようだ。
誰もいないということはここがどこなのか知るすべがないということだ。
看板さえあれば、どうにかなるのではと思うも、足場は悪く人が作った道すら見当たらない。
モンスターは…あまり強くなさそうなのがちらほら目に付くがそれだけの無法地帯。
「独りぼっち?」
それは嫌だなと思う。
自己の存在意義が失われていくような気がする。
遠くの僅か、雲の切れ目から浮かぶ建物らしき何かを発見する。
いや、建物というより祠という言葉が正確かもしれない。
何を祀っているのか…。
天使の像が風化していっている事実だけを思い出し、やや暗くなる。
もう、天使ではないだが、存在がなくなった悲しみを拭いさることはできない。
取りあえず、ここにいても何の成果も得られないと感じ、無くしたはずの翼を駆使してと飛び出す。
xxxxx
「海と砂浜…」
少年はポツリとそう漏らした。
挙動不審に辺りを見回しても、自分が何故ここにいるのかすら分からない。
今日も普通に漁に出かけていたはずである。
「あっ! 石板!!」
最後に見た記憶を思い出す。
網にかかっていた石板である。
時折、引っかかるので不思議と思いながらも、少し期待して触ったのは覚えている。
その後の記憶がない、記憶がないということは……。
「石板を設置してないのに飛ばされたってこと?」
まじかーと、声に出してその場に崩れ落ちる。
しかし、現在自分がいるところには石版もない、更に船もない。
なら、陸路を歩くしかないだろう。
ここに居ても進展はないと悟った少年は、断崖絶壁に囲まれた砂浜から、奥の洞窟へと足を向けた。
洞窟は一本道でやや坂になっていることを除けば、そこまで苦労する程ではなかった。
程なくして出口と思わしき場所で、少年は絶句する。
ここまで世界が変わるとは、そこは見渡す限りの草原であった。
わずか遠くの方に山や岩、木々が所々に見られるが、絶景と言ってもいいだろう。
今の少年には嬉しくない。人工的なものがなさすぎるため、手がかりを得ることが出来ない。
つまりはこの世界がなんなのか、帰ることがでるのか、と言う疑問が解消されないということとだ。
不幸中の幸いは、一人の青年が呆然と立っているということだろうか。
青年は朱色のバンダナに黄色チュニックを茶色いベルトで固定し、中に青いシャツを着ている。
色はやや派手だが、雰囲気はそれを裏切るようにおとなしい。
対する少年は、とんがり帽子を被り、緑色のチュニックを黒いベルトで固定し、白いタートルネックの服を着ていた。
似ているようでちょっと違う服装がどことなく親近感が湧く。
「………こんにちは」
声をかけようとまごまごしているうちに、青年はゆっくりと振り返り、在り来たりな挨拶をした。
「え、あ、こ、こんにちは!」
少年もハッとして、挨拶を返す。
人の良さそうな笑みを返され、少しホッとする。
一概に信用するわけにはいかないが、今すぐ何かされるわけではないだろう。
「初めまして、僕はエイトです」
「えっと、ボクはアルスだよ」
礼儀正しい動作に少年——アルスは戸惑いながらお辞儀をし返す。
「…アルスさん。この場所はご存知ですか?」
青年——エイトはしばしの沈黙後、状況確認するべく会話を紡ぐ。
アルスは首を横に振る。
「えっと、気づいたらここにいたから、何が何やらわかんない」
「そうですか、同じようなものですね」
エイトは手を顎にあてて、しばし考える。
自分は何をしていたか、旅をしてたのは確かで、最後の一人旅を満喫していた記憶がある。
仲間との旅をしている時には見つけられなかったとある石碑、それに手を触れたのがそもそもの間違いだったのだろうか。
気づいたらこの現状である。
残念ながら一方通行であったようで、戻るすべは見渡してもない。
「困りましたね。手がかりが何もない…」
「多分、石板に触れたから、召喚されんじゃないかなーって思ってる」
昔の冒険のときと酷似している。
これは、いささか、遠い目をせざる負えない。
見知らぬ土地ということはまだ復活させていない場所があったのだろうか?
それとも、他に何か別の要因でもあったのだろうか…。
「やはり何かに導かれたのでしょうか?」
エイト自身には、あまりそういう記憶がないので、今一ピンとこないが、過去に仲間もそういう環境を体験したことがあると聞いたことがあったと記憶を掘り起こして考える。
「うーん。ボクは良く過去に移動したりしたけど、今回のはよくわかんない。平和になってから、特に気に留めてなかったよ」
二人しては打開策が出てこずうーんと悩むしかなかった。
だが、二人にはおちおち悩む時間はない。
何故なら、ここは野原で、モンスターがそこいらに闊歩しているからだ。
「アルスさん!」
ハッと牙をむいて襲ってい来る四つ足の猛獣【ダークパンサー】が目の前に来ていた。
強いというわけではないが、エイトが認識しているものより遥かに大きい気がする。
「わっ! え、あ武器がない!!」
アルスも剣を抜こうと構えるも漁に出る時は武器類は邪魔になるため脇に置いていたことを思い出す。
現状では丸腰ということだ。
格闘系はあまり得意ではないため、右往左往とさけて躱し、エイトが代わりに剣を振るいなんとか倒す。
「大丈夫ですか?」
「武器がないの忘れちゃってた」
たははっと、頭を掻く。
「武器、えっと、僕ので使えるものありますか?」
所持品をゴソゴソとあさり、アルスに見せる。
「えっと、剣の方が装備しやすいかな」
色んなものを持っているものの、何分一人旅だったので武器の種類は最低限しかない。
一番攻撃力の高い剣はやはりというべきか、自分以外は装備できない様子だった。
アルスが装備出来そうなのは結局、最近拾って売ってなかった鋼の剣。
それで我慢してもらうことになった。
「うん、大丈夫」
にこやかに笑いながら、剣を振るう。
しっかり安定した様子で、彼も過去に旅人として冒険をしたことがある様子が覗える。
「ここにいても、モンスターに襲わるだけですね」
「そっか、じゃぁ、どこか避難できる場所を探さないと!」
ここのモンスターはさほど強くはないが、引っ切り無しの襲ってこられては、状況整理も難しい。
取りあえず、右も左もわからないが、歩いて道を探すべく、ようやく重い腰をあげた。
xxxxx
「天使?」
空から舞い降りた羽の生えた少年。
あっけにとられて漏らした言葉を少年はにっこり笑って、肯定した。
「はい、天使のナインです。いや、今は違うかもしれませんが…。どう表現したら良いかわかりません」
ナインと名乗る少年は自己紹介中に悩みだした。
本人が分からないことを出会ったばかりの二人にわかる訳もなく、返す言葉もなく笑い返すだけである。
「ナイン君はこの世界のことをご存知ですか?」
ナインの存在については横に置き、エイトは丁寧に尋ねる。
しかし、無邪気さいや純粋さ所以か、アルスに対しての呼び名より、無意識に幼く返してしまう。
「いいえ、神より使わせし役割があると思いますが、現状では理解できていないのと同じです」
「神だってぇ!?」
困った顔をして首を振るナインの言葉に反応したアルスは思わず声を上げる。
「?」
「あいや、身近な神様がいるんだけど、そんな使命を言うようなやつじゃなくてさ」
声を上げてしまったことを恥ずかしく思い、あははっと誤魔化す。
「信仰という意味でしたら、 僕も女神が居ましたが、少し内情は複雑ですね」
信仰心がないわけではないが、信仰に値する『神』と言う存在が曖昧となっている現状である。
何に祈りを捧げれば良いのか、困惑していると言って良いだろう。
「そうですか。世界があればその創造主たる神は居られるはずです。僕は神を探し、今回の使命を聞きたいと思っています」
両手を組みニコリと微笑む。
信じて疑わない心、ナインは皆がどこかに置き忘れた純真をまだ大切に持っているそんな気がした。
「んで、心当たりはあるの? ボクら結構歩き回ったけど、あるのは平原ばかりで、建物すら見つけれてない」
鷹の目を幾度か試したが、ヒットするものがなく途方に暮れていたと言っても良い。
「落下中に森の中に祠は見えました。そこに何かヒントがあるかと」
「行く宛もない状況ですから、ナイン君の提案にのりますか」
森という人気のない場所にあるその祠で人がいる可能性は少なくも、どこかへ繋がるヒントがあれば良いなと思う。
「そうだね」
歩きながら、アルスは空を見上げる。随分歩いてきたと思うのにその空は、晴れ渡り、時間の経過を感じさせない。
森への道もまだまだ遠い。
【天使と創造神】
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